ある日のきのこ飯
「生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉」 (夏目漱石)
妹の入院している病院へ向かう途中、赤とんぼが漂うように目の前に飛んで来た。目を上げると、未だ赤く染まっていない腹を見せながら、スッと空の上に去って行った。
また今年も赤とんぼがやって来た。去年と同じように。
お見舞いに行った帰り、鎌倉駅を降りて妻と西口側に出た。ここから「民芸」を扱っている店まで歩いて行く。
落ち着いた雰囲気の鎌倉市役所を左に見て、トンネルに入る。涼しい風の中を通り抜けると、鎌倉は高額所得者層が多いなぁと想像させる家並み、邸宅が並ぶ。
その道沿いにある「こまめ」というお店で昼食を取ることにした。
妻が頼んだおにぎりランチ。ちょこっとしたおかずが数点ついて甘味もあり、こういう見せ方が女性の気持ちをくすぐるのか。
この店の先を少し行って右に曲がると、佐助神社や源氏山公園に至る道となる。この「こまめ」のようにおしゃれで小さな飲食店が、「あ、ここにもある、あそこにも」という具合に点在している。結構激戦区だ。
「もやい工藝」は、ここに行こうと思っていないと通り過ぎてしまうかも知れない。
明らかな表札、看板がないが、この奥に茶碗や湯飲み、お皿、グラスなど日常生活になくてはならない器が並んでいる。
それらの品々は、私たちの生活に潤いを与え、郷愁が伝わって来るものばかりだ。
ご飯茶碗を包み込むように手に取れば、愛しさを感じる。
その日妻が作った夕食は、サツマイモと茸が入ったご飯。これを買い求めた茶碗に盛ると、ホッコリとした気持ちが湧いてくる。
「平凡な日々のある日のきのこ飯」 (日野草城)
ふと病院のことを想い出し、湯気の立ち上る茶碗を取った。